鳰のような形をした僕の迂回路

My detour/diversion like a (little) grebe.

雑感

京都アニメーションのこと

ぼくにとって京都アニメーションとそこに属する人たちは、こう書くのもおこがましいのだが、ともに芸術と文化を高めて世界を豊かにしようとしている同胞のような存在だった。ぼくは彼らの作品にふれるたび、こころを救われ、創作の刺激を与えられてきた。彼…

危険なメタファー

科学も文学も、現実に起こった事柄を一般化することはできないのだと思います。たとえば物理屋がやっていることは、「想像上の現象」を考えて、それらを一般化することです。こうして一般化された法則を足がかりにして現実の事柄を理解しようと努めるのが物…

29 June 2013

夢を見ていて不思議に思うのは、自分の裡で見ているはずの夢に、時おり自分の外にある考えが現れることだ。たとえば自分の小説に対する批判、それも自分が思いもしなかった、それも言われて納得するようなまっとうな意見が夢のなかで展開されたとき、僕は夢…

Vocaloidのこと

以前「音楽と歌詞の関係」で書いたとおり、歌詞は音楽に付随するものだとぼくは思っている。 人声を楽器と捉えれば、歌詞が意味することがらは音楽と直接は関係しない。言葉とは人間の頭にある概念と結びつくべきもので、それは聴覚によって受容されるが、聴…

人間の意識と選択の余地

以前書いた記事「人間の意識と慣れ」で、ある環境に対する人間の意識は、その環境に慣れるにしたがって徐々に薄らいでいくと述べた。例えば生まれて初めて泳ぎを教わるとき、僕らは腕を回す周期とバタ足の周期とを、教わったタイミングで持続させられるよう…

人間の意識と慣れ

《慣れ》こそがヒトの意識の本質であるとエルヴィン・シュレーディンガーは著書『精神と物質―意識と科学的世界像をめぐる考察』において論じていたが、まったくその通りだと思う。 同じ事象が繰り返される度にそれに対する意識が薄らいでいく。これが《慣れ…